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Vetro -1-
斑過去第1話です。
過去ブログから移行。
 
 

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(彼はそれから暫らく、窓の外を眺めたまま黙り込んでいた。
冷めた紅茶が褪せた香りを揺らす。
柱時計が3時の来訪を告げる鐘を鳴らして、語り部は漸く我に返ったように、振り返る。
彼は赤い唇で鮮やかな弧を描いて、大きな窓を開け放つ。
さあ、ご覧。その言葉に誘われて窓辺に近づけば、
閑静な住宅街の向こうにいつの間にか、白い大きな建物が、そびえていた。)

    *          *          *

主よ、人の望みの喜びよ。
耳障りのいい神へ捧げる歌。オルゴール調のそれが施設内に響く。
そんな音を遠くで聞きながら、斑は白で統一された部屋を歩きまわっていた。
「いち、に、さん、……」
足元を見つめながら数えるのは、汚れ一つ無い床の小さなタイルの数。
「じゅうに、じゅうさん」
その掠れた小さな声は放送に絡まり、誰かに届くこともなく消えていく。
それは彼女の毎朝の日課だった。精神疾患の一つだろうか、
彼女は外に見えるビルの窓の数、すぐ傍に延々と続く並木道に並ぶポプラの本数、
そして自分の要る部屋のタイルの数から、ベッドの柵の本数まで
気付けば端から数える癖を持っていた。
「ひゃくにじゅう、はち、ひゃくにじゅうきゅう、」
暫らくして、ぷつり、と朝の音楽が途切れた。
「………さんびゃく、じゅうご」
同時に斑の声も止み、彼女は最後に数えた数を何度か繰り返して、
そのままベッドに腰掛けた。そうして窓の外を眺め、飛び交う鳥の数を数え始める。
それは余りに一日が長い彼女の、唯一の暇の潰し方なのかもしれない。。

「如月所長」
長い廊下に男の声が響く。まだ若い、看護士の一人だろうか。
所長と呼ばれた男は足を止めると振り返った。
若干癖のある栗色の髪を持つ、端正な顔立ちの男。
彼の名は如月恵。この療養所の所長であり、有能な医師の一人でもあった。
「…やあ、どうしたんだい。」
「娘さんの専属看護士に派遣された大津さんがいらっしゃっています。」
声を掛けた看護士はやや緊張したような声色で、けれど明瞭に言葉を返す。
この青年はきっと有能な看護士になる、そんなことをぼんやりと考えた恵は、
大津、という単語に一瞬視線を宙に泳がせ、ああ、と呟いた。
「そういえば今日来てくれるって言ってたね。」
「はい。とりあえず待合室に案内させて頂いたんですが、直接娘さんの病室に?」
「そうだね。今から僕が回診に行くから、うん、30分後に案内してやってくれるかな。」
にっこりと微笑んで恵は踵を返す。
そのついでに腕時計を一瞥すれば、4分と45秒程予定に遅れが出ていた。
ほんの僅かに顔を歪め、歩調を速める。
その背後では看護士が立ち去る足音がいつまで響いていた。

鈍い音を立ててそれまで固く閉ざされていた白いドアが開く。
それは斑が道を走る車のナンバーを足して引いて、合計が259になった時だった。
廊下から仄かに消毒液の匂いが流れ込んで、斑はちらりと入ってきた男を一瞥する。
「おはよう、斑。」
男は朗らかに笑うと、斑の傍らに歩み寄る。
それはとても温かい柔らかな微笑みで、医者が患者に向ける最上級の笑顔だろう。
けれど父親が娘に向けるそれにしては、随分と親愛の情が薄い。
それに気付かないのか、気付いているのか。斑は再び窓の外に視線を戻すと、
259に3と4と8と1を足した。赤いワゴンがエンジン音を残して曲がり角に消える。
「気分はどうだい?」
「別に。」
「まあ良くても悪くてもどうでもいいな。」
恵はもしこの場に先ほどの看護士がいたら卒倒しそうな台詞を吐いて、
カルテに何か書き込んでいく。
それは見ようともしない体調の様子で、毎日のように並ぶ同じ記号の意味は「異常なし」
斑もまた、そんなものに興味はないと言うように表情を変えずに、
迫る青い軽トラックのナンバープレートに目を凝らす。
そんな娘を見下ろして恵は皮肉げに笑い、出口に向かって歩き出す。
「…ああ、忘れていた。後で君の専属看護士が顔を出すと思うよ。」
独り言のように落とされた言葉に、そう、と返事を返す少女はそこで初めて振り返り、
ドアの向こうに消えていく父親の背中を追う。
その目になんの感情が潜んでいるのか、恵は恐らく気付いていないだろう。
彼の気がかりは遅れた4分45秒だけ。
もう斑の存在すら忘れているのか、来た時と同じように早足で部屋を去っていった。

「…、……、」

文字通り、蚊の鳴くような掠れた声。
届かない悲鳴は部屋に落ちて、空気清浄機の音に掻き消される。
それは今の彼女が唯一叫べる、救済の声だったのかもしれない。

斑は一度大きく息を吸うと、再び窓を見上げ、形を替え流れていく雲を数え始めた。


(続)
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